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大台ヶ原>釧路湿原自然再生事業を見る
情報提供者 : 大台ケ原・大峰の自然を守る会 提供日付  : 2003/08/03 18:44 登録経由地 : 自然環境フォーラム プレスリリース07 #00986 注意:自然環境フォーラム及びネイチャー&バードフォーラム経由で掲載した    情報には、一部に当該団体の公式なリリースではなく、ネットワーク向    けにのみ提供された情報が含まれています。    また、掲載形式は、原則として上記フォーラムに掲載されたテキストそ    のもので、前後にフォーラム会員宛の説明や挨拶が付け加えられている    場合があります。

      開拓農民を再び三度苦しめて、なにが自然再生なのか 
       ―― 釧路湿原自然再生事業を現地に見る ――
                            田 村 義 彦

 開拓 100年、敗戦後60年。エネルギー政策、農業政策の無責任な転換により、開
拓農民が止むなく放棄せざるを得なかった農地跡地を材料に、戦後処理の如く“自
然再生”の美名を冠した巨大公共事業を、環境・国交・農水の官僚達が結託して、
地域住民を蔑視するかたちで強引に進めようとしているのが釧路湿原自然再生事業
の実態である。農業が健全なかたちで持続できない釧路湿原で“自然再生”をふり
かざすことは地域住民・農民への侮辱である。

  本年(2003) 1月 1日に施行された自然再生推進法に基づいて、2月から「環境
省全国第1号」と銘打たれた自然再生事業が北海道・釧路湿原でスタートした。そ
して、環境省が音頭をとって、国交省・農水省・関連自治体・学会・業者・NPO
・市民などが集って「釧路湿原自然再生大会」なるものが2003年 6月20日〜23日に
釧路で開催され、自然再生賛歌が奏でられることになった。
 環境省は釧路湿原を「さきがけ」に、次の候補地として大台ヶ原・サロベツ湿原
・石西礁湖を既に決めている。検討会レポートで何度も書いたように、環境省は直
轄事業と再生事業との関係について口を濁しているが、最近作製した『共生への道
しるべ』には「北海道のサロベツ原野、奈良県の大台ヶ原などで、自然再生へ向け
た調査・事業が本格的に始まっています。」と明記されている。サロベツは昨年ス
タートした。次はいよいよ大台ヶ原の番となれば、釧路の実態を見ないわけにはい
かない。

【I】各地域の状況
(1)広里地域(環境省・湿地再生事業)― 40年前の農地造成前の湿原にもどす
● ハンノキが生えて何故いけないのか
  釧路の市街地に近い釧路川下流の農地跡地に、ハンノキが生えてきたのでヨシや
スゲの湿原に再生するという。しかし、ハンノキ林の成立・拡大要因(土砂・栄養
塩の流入、水条件の変化など)は科学的に明らかになっていないので伐採だけでは
対処できない。ハンノキはドーナツ状に繁茂していて外縁の樹高が約2m、内縁が
約1mで、その中心にミズゴケ群落が成立しているが、外縁のハンノキを伐採する
とかえってミズゴケが枯れてくるという。  環境省は、小冊子に「ハンノキも湿原
生態系の一員であるのに、一律に〈悪者〉扱いすべきではない。また、ハンノキは
湿原の景観要素として重要である」として「ハンノキ対策は慎重に、時間をかけて」
と書いている。そこまで考えるのであれば、あるがままに任せればよい。何故、ハ
ンノキでは駄目で、ヨシやスゲに拘るのか。言行不一致だ。大台ヶ原で何故かトウ
ヒに拘るのに似た恣意的なものを感じた。

● なぜ、表土を剥ぎ取るのか
 この地域は40年ほど前に湿原の地下水位を下げて農地にしたが、営農に失敗して
農地・宅地は放棄された。そして、この度再び湿原に戻すとなれば地下水位を上げ
ねばならない。そのためには釧路川からの取水、農地跡地のすぐ脇を流れる旧雪裡
川の堰上げ、明渠排水路の堰止めなどが考えられるが、何故かそれができないとい
う。そして、3ヶ所の試験区で地表を深さ20〜40cm剥ぎ取って、ヨシの種を播いた
り、水質の変化を見たりなどの“実験”をしていた。この単純で且つ乱暴な発想に
は正直驚いた。大台ヶ原の検討会でも、表土を入れ替えてトウヒを植えさせろと性
急に要求したNPOがいたが、生態系を考慮しない園芸家のような発想には驚く。
 簡単にできることをあえてやらずに、表土剥ぎ取り実験などで時間と税金を浪費
してお茶をにごしているとしか見えない。担当の研究者に、農地放棄後時を経て甦
ってきた自然を、気に入らないと再び乱暴に破壊してまでする実験の意味を質した
が、納得のいく説明は得られなかたった。
 しかも、翌日のセミナーで、パネラーの国交省九州地方整備局武雄工事事務所長
島谷幸宏氏から「そこまで(表土を剥がしてまで)して戻さなければならないもの
は何か」と批判が出たのには驚いた。一般的には国交省に他を批判する資格はない
が、この実験に関しては正論である。国交省にまで批判されてもフロアーにいた環
境省官僚は沈黙を守った。国交省がパネラーとして壇上に上がっているのに、環境
省が何故フロアーにいるのかも不思議だった。

● 水位が上がれば隣の農地は水没する!
 この実験区の北には国営農場が隣接している。実験区の地下水位が上がれば当然
この農地は水浸しになり、生活を賭けている7戸の農家が危機に瀕することは目に
見えている。説明役の環境省職員は「その時は大変だ」と語ったが、現在の時点で
農水省などと協議しているけはいは感じられなかった。「縦割り行政の壁を取る」
と謳われる再生事業も、現場では旧態依然とした縦割りのままだ。
 最近、 5月27日に開かれた「釧路湿原の河川環境保全に関する検討委員会調査技
術小委員会」で、オブザーバー参加の北海道立根釧農業試験場草地環境科長から、
農地への影響について質問がでたが、国交省北海道開発局は、今後検討していくと
答えたと北海道建設新聞は報じている。順序が逆だ。「今後」ではない、最初に検
討すべきことではないのか。また、農業試験場がなぜオブザーバーなのか。農民の
意見を反映させる考慮が全くない。官僚と一部学者で強引に進める構図がここにも
あった。
 環境省は再生事業がめざす「3つの長期目標」として、{1}自然環境の保全・再生
{2}農地・農業等との両立 {3}地域づくりへの貢献 をかかげている。結構な言葉の
羅列であるが白々しい。農業が健全な形で持続出来ない釧路湿原で“自然再生”を
錦の御旗のように振りかざして強引に事業を進めることは、地域住民、農民への侮
辱である。霞ヶ関がなぜ最初に北海道の地を選んだのか、その理由が現地に来てわ
かった。

(2)とうろ塘路・かやぬま茅沼地域( 国交省・蛇行復元事業 )
● 「直線化」とはバイパス新設か
釧路湿原再生事業の中で「河川の蛇行工事」として脚光を浴びているのがこの場所
である。建設省が1980年に「洪水防止と農地開発」のために、川幅30〜50mの蛇行
河川のすぐ横に平行して、川幅80m・長さ5kmの直線水路を6億円をかけて新設し
て水をそちらに流した。直線化とは、蛇行河川の湾曲部を三日月湖として残して、
流路を短絡して直線化することであるが、蛇行部分はそのままの姿で湿原の中に残
された。

● 旧蛇行河川に水を流すことが何故“蛇行復元”なのか
 この度の「蛇行復元」というのは、その直線水路の入り口に堰を作って、水を元の
蛇行河川に再び流す流路変更・通水だけである。これがなぜ、「蛇行化」「蛇行復
元」なのか。ごまかしではないか。 蛇行河川は20数年の間に土砂が堆積して湿原
に戻りつつある。その土砂を下流に流すと漁業に悪影響が出るとして、僅か 1.3km
を10億円かけて掘削、浚渫するという。
  蛇行河川に水を流す理由は、「直線水路が上流から大量の土砂を下流に運び、湿
原の乾燥化をもたらしたから」というが、もともと湿原を乾燥して農地を造るため
に直線化したのであって、それが間違っていたのであれば、官僚は責任をとり、無
駄遣いした6億円を弁済すべきだ。口をぬぐって“蛇行”をあたかも良いことの様
に言うのは欺瞞だ。

● 直線と蛇行のくりかえし
敗戦後建設省(国交省)は直線化一本槍できたが、壁にぶち当たり、97年に河川法
を改正して河川事業の目的に「河川環境の保全」を加えた。それを受けて釧路湿原
についても99年に検討会を立ち上げて「蛇行事業」の検討をはじめ、この度の自然再
生事業の目玉にしたが、 150kmある釧路川のわずか 1.3kmの蛇行部分に通水するに
過ぎないのである。「ただ川を曲げればよいというものではない」という批判もあ
るが、川を曲げてはいないのだ、元々曲がっていた川に水を通すだけのことだ。
  しかも直線水路を埋め戻して湿原に戻すのであればまだしも(標津川では埋め戻
しを検討している)、残したままとは無責任だ。80年に直線水路を作って蛇行河川
を残したように、もし将来、又々方針が変わって直線水路に水を流すことにでもな
ればその時使うつもりとすれば洒落にもならない。

● 同じ国交省が上流では乾燥化、下流では湿原化
 ところで、元の蛇行河川に水を流すことで当然湿原の水位が上がり、近くの農地
が水没する危険が生じる。更に驚くべきことに、この蛇行河川の上流では、地下水
位の上がった国営農場を再び乾燥化させて農地に戻す事業がすでに昨年から65億円
かけて行われている。
  即ち下流では湿原の乾燥化を防ぐために蛇行河川に水を流し、上流では湿原に戻
りつつある農地を再び乾燥化させて農地へ戻そうとする相反する政策が平然と行わ
れている。しかもそれが、同じ国交省の二つの部局、治水課と農業開発課の担当で
行われていることには言葉を失う。
 近くの農家が「国を信じて農地を買ったら湿原に戻った。下流ではまた蛇行させ
るという。役人のやることは信用できない」と不満をぶちまけたと新聞は書いてい
る。
 広里地区の表土剥ぎ取りといい、この無定見といい、再生事業はどこか常軌を逸
している。

●  環境省のウソ
 環境省自然環境局は『自然との共生をめざして』という、写真とイラストを使っ
て自然公園の整備事業を説明するパンフレットを出している。その中に釧路湿原の
自然再生整備事業のページがある。
 「整備前」のイラストには「直線化された河道」が描かれているが、その横には
平行に存在するはずの旧蛇行河川が描かれていない。ところが、「整備後」のイラ
ストには、「河川の蛇行化」と説明して蛇行河川が描かれ、直線水路は点線で描かれ
て水は流れていない。
 この2枚のイラストを見れば、人は誰でも、「直線化され河道」を蛇行化するた
めに、横に新しく蛇行河川が開削され、直線水路は埋戻されると思うであろう。と
んでもないウソだ。
 しかも、蛇行化河川の周囲には「蛇行化に伴う湿地再生」のイラストが描かれ、
「自然環境保全修復事業」(湿原植生還元)と麗々しく書かれているが、そんな湿
原は昔から存在していた。また、旧蛇行河川に通水されることで地下水位が上がり、
近くの農地が水没する危険にさらされるにも拘わらず、それについては一言もない。
 更に驚くべきウソがある。そもそもこの蛇行化事業は国交省の事業であって、環
境省が何種類か出している他のパンフレットのどこにも蛇行化事業は記されていな
い。環境省はこの地域では「湖沼を中心にした水質浄化」に取り組むことになって
いる。よくもこのような大ウソが平気で書けたものだ。やはり環境省官僚は常軌を
逸しているとしか言いようがない。

● 環境省副大臣曰く「看板の架け替えか・・そういう批判もあるやろなぁ・・」
 2002年9月、この場所に立った山下環境副大臣は関西弁で上のようにつぶやいた
後「歴史の検証に堪え得るもんにせなあかん」と言ったと地元紙が書いている。無
責任なスクラップ&ビルドの繰り返しが、歴史の検証に堪えるはずがない。
 ちなみに副大臣は釧路湿原に来る前の7月、農水大臣政務官を帯同して大台ヶ原
の異例の視察をしている。官僚はごまかし続けているが、直轄事業から再生事業へ
の移行はこの時すでに決まっていたのだ。

(3)たっこぶ達古武地域 ( 環境省・森林再生事業 )
● 環境省がNPOに初めて調査・計画を委託 
環境省は達古武沼集水域の皆伐地、ササ地、人工林などの荒廃地4200haを対象に「
自然林再生のモデルづくり」をするという。そして昨年、この地域に10数年前から
私財を投じ、寄金を集めて15ヶ所、約 190haの土地をトラストしていた「NPOト
ラストサルーン釧路」と、再生計画の調査について直接委託契約を結んだ。
  しかし、その後の環境省の動きに疑問を抱いたNPOは「環境省が『お金と専門
家を使って自然再生をやってあげる』のだから『用地を出しなさい』と受け取れる
仕組みで、後は、事業計画に沿い『手足として働く』ことを求めるような協働では
住民の自主性や主体性がそこなわれる」との質問書を提出したが、環境省は誤解だ
と答え、NPOも納得したと聞いた。
 そうであるなら、第三者の批判は慎むべきであるが、一つだけお許しいただきた
い。環境省とNPOとの度重なる「協議」を、従来文書確認してこなかったのでこ
の際文章化したいとNPOが当然の要望を出したが、文章化されたものをHPで見
ることができないのは何故だろう。文書はあるがHPに掲載していないだけであれば
いいが、環境省が自然再生事業をNPOに委託発注した最初の例にしてはいささか
杜撰に感じた。妄言多謝。

● がんばれ! トラストサルーン釧路 
 現地とスライドを見た正直な印象は、大変だ、の一語につきる。この地域は「釧
路湿原を取り巻く様々な問題、課題が凝縮した地域」といわれている。荒廃地・サ
サ生育地の森林再生、集水域の針葉樹植林地の広葉樹林化・複層林化・混交林化、
荒廃河川の修復などの計画書作成の基礎調査を環境省から委託されたと思われるが、
課題は質的、量的に膨大なものが予想される。1年や2年でできるものではないだ
ろう。5年位、確かな研究者によるしっかりした学際的調査をした上で、従来行政
がいかがわしいコンサル会社に杜撰な調査をさせて作ったいい加減な計画をしのぐ
素晴らしい計画を作り上げていただきたい。トラストサルーン釧路の皆さんの努力
に期待し、余計な心配が杞憂に終わることを願う。

● 衣の下の鎧を見せ始めた官僚
 それにしても、トラストサルーン釧路の疑問に答えた環境省の回答文の高姿勢が
気になる。トラスト保護地の近くに国が買い上げるという意図も気になる。霞ヶ浦
ではNPOアサザ基金を中心にした市民主導の自然再生協議会に国交省が参加をし
ぶり、逆に行政主導の協議会を作ろうとしている姿勢も気になる。    
 何度も書いたが「市民との対等のパートナーシップ」などの美しい言葉は、いざと
なったら本性をあらわす官僚の心にもないお愛想に過ぎない。総論から各論に入り、
再生事業が具体的に煮詰まってきた段階で、ぼつぼつ官僚の本性が見えてきた感じ
がする。

【II】農民を苦しめる自然再生事業  
 北海道開拓の歴史 100年、敗戦後60年。その間、国策に基づいて入植した屯田兵、
開拓民は辛酸をなめた。敗戦後エネルギー政策・農業政策の転換によるスクラップ
&ビルド政策のために農民は離農を余儀なくされた。今も懸命の努力を続ける畜産
農家は1戸平均1億円の借金をかかえるといわれる。

● 自然再生事業の目的・・・第二の日本列島改造論
 無責任な国策の破綻、転換により荒廃地と化した農地を材料に、3省の官学業が
結託して再び巨額の予算を獲得しようというのが“自然再生事業”の本当の目的で
あることが北海道に来てわかった。
 釧路湿原自然再生事業の理由として官僚が最初に挙げるのが、1947年に25000ha
はあった湿原が50年後の96年に5分の4まで減少したという。しかしその原因は、
国が行なった治水目的の河川の直線化と農地開発、宅地造成ではないのか。官僚達
が近視眼的に強引に進めてきた政策の破綻を何一つ反省することなく、戦後処理の
ように新しいお題目“自然再生”を冠して又々強引にやろうとしている。「看板の
架け替え」ですまない悪質さだ。自然再生事業は第二の日本列島改造論である。懲
りない官僚達は、子孫の財産である僅かに残された自然を完膚なきまでに破壊しよ
うとしている。

● 自然再生推進法案反対の声は、成立後 どこへいった?
  自然再生推進法が国会審議にかかった昨年、弁護士会、自然保護団体などから激
しい批判、反対がまきおこった。中でも北海道自然保護協会、札幌弁護士会は廃案
を求めた。しかし、昨年末、法案が成立すると、反対の声を全く聞かなくなった。
釧路でも自然再生賛歌の中で反対を唱えた団体は本会だけではないか。会場で売ら
れていた自然再生事業を指導する学者の近著に、法案を批判したNPOの文章が並
んでいるのを見て、軽いめまいを感じた。“自然再生”とはまさに鵺(ぬえ)だ。

● 自然再生事業はごまかしの戦後政治の総決算
  自然再生推進法は、建て前と本音の落差があまりにも大きいインチキな法律だ。
簡単に言えば、法文の美辞麗句はすべてウソである。悪法の極みである。敗戦を終
戦といい、占領軍を進駐軍と言って戦争責任をごまかしたことに始まり最近の構造
改革に至るまで、この国の戦後政治はすべてごまかしとインチキの連続であった。
その象徴が自然再生事業である。
  環境省官僚と保全生態学者は「順応的手法」とか「受動的自然復元」とかをしき
りに口にする。それは所詮、反対の声をなだめるためか、巨大工事を隠蔽するため
の心にもない言葉に過ぎず、巨額の予算消化を企む官僚、特に国交・農水がこのよ
うな手法に納得するはずがない。そして、この亡国的事業に金儲けの臭い
を嗅ぎつけたNPO、業者が蝟集している。

 ある省の現場担当官が霧に包まれた湿原を歩きながら「昨年から関わっているが、
このままでは自分が駄目になってしまうのではないかと感じる」とつぶやいた。現
場では民も官も苦しんでいる。にもかかわらず、霞ヶ関は自然再生賛歌を歌い上げ
ていたが、近い将来レクイエムに変わるような予感がした。また、そうしなければ
ならないのだ。

【III】注目すべし 官主導の巨大公共事業“サロベツ自然再生事業”
 釧路湿原再生事業の影でまだ注目をあびていないが、もう一つの巨大公共事業が
サロベツ原野3万haはじまった。環境省が湿原を受けもち農水省が農地を受けもっ
て、「景観的には湿原の元風景の維持・保全と農業との調和を図る」という。
昨年度は約5億円もの巨額の調査費が投じられた。
 サロベツ地域は、大半が低湿地の泥炭地層で、「造成後の経年変化によって排水
不良になってきた農地の機能回復と農地防災事業」が農民の願いという。そのため
に、遮水壁・遮水シートによるブロック、遮水堤防・長大遮水壁、緩衝帯の確保な
どが考えられているが、いずれにしても巨大土木事業になるのは確かだ。そして一
方では、高層湿原が乾燥化して植生環境が深刻な状態になっているともいう。
  アイヌ語で川を意味するこの地に、敗戦後樺太からの引揚者が入植して苦労して
きたが、官僚は国立公園指定地域を 1.5倍に広げて“自然再生”をやろうという。
「国立公園と酪農業を中心とする地域産業の共存」という難しい課題を地元に押し
付けるよりも、農業の健全化の実現こそが今やるべきことではないのか。自然再生
事業はボトムアップだと説明して来たのではなかったのか。
 第1回サロベツ再生構想策定検討会の出席者32名中、学識経験者・住民は数人
で、残りはすべて役人である。ここでは形だけの住民参加を装うこともない。形振
り構わず省益優先の官僚が野合して、原生的自然と農民をくいものし始めた。

【IV】イベント
(1)セミナー「ウエットランドの自然再生事業」
 応用生態工学会主催の標記のセミナーで、環境省・国交省の現地責任者が講演を
するというので3500円を払って拝聴したが、高い入場料は無駄であった。
 ご両者の講演は、両省が無料で配布している各種パンフレットの域を一歩も出な
かった。さすが能吏だけあって余計なことは一言も言わない。環境省の現地自然保
護事務所長は本省で新・生物多様性国家戦略を作った担当官で、釧路赴任は環境省
の意気込みを示す異例の人事と報じられただけに、そのあたりの意気込みが聞ける
かと期待したが能吏の口は堅かった。

(2)シンポジュウム『自然再生と市民参加』
● 大台ヶ原のメッセージを釧路市民へ配布 
 自然再生賛歌が奏でられる多くのイベントの中に、NPOトラストサルーン釧路
が主催する標記のシンポを見つけて参加しようと考え、恐らく大台ヶ原の名前すら
聞いたことのない釧路市民にぜひ知ってもらいたいとA4・2枚のメッセージを書
いた。
 しかし、主催者は環境省の委託を受けて再生事業に取り組んでいるNPOなので、
迷惑をかけないように場外で配布するつもりでいたが、千葉県自然保護連合中山敏
則氏のご紹介で主催者の杉沢拓男氏のご承諾が得られて、会場入り口で他の資料と
一緒に配布していただけることになった。ここに改めてご配慮に感謝したい。
 シンポは藤前干潟を守る会代表辻 淳夫氏、日本湿地ネットワーク国際担当鈴木
マーガレット氏、千葉県自然保護連合事務局次長中山 敏則氏、NPOアサザ基金
代表理事飯島 博氏、NPOトラストサルーン釧路事務局長杉沢 拓男氏等が報告
したが、紙面の都合で割愛させていただく。

● 市民から激励
 シンポの最後に私にも短い挨拶を許された。閉会後、参加者の一人が席まで来ら
れて励まされた。

(3)ファイナルイベント
● 中村太士検討委員への期待
 最終日のファイナルイベントは、セレモリーに思えたので参加しなかったが、奈
良に帰ってから、基調講演をした北海道大学大学院教授中村 太士氏の講演内容を
知った。前日の応用生態工学会セミナーでの講演レジメと殆ど同じ内容の持説開陳
であった。
 中村氏は「環境省釧路湿原自然再生事業に関する実務会議」「釧路湿原の河川環
境保全に関する検討委員会」「サロベツ再生構想策定検討会」などの委員を兼ねる
北海道の自然再生事業のエースの様だが、「今ある自然環境を守ることこそまず考
えるべきであり、自然再生事業はその次である」との持説をぜひ官僚に説得してい
ただきたい。大台ヶ原でもそうであるが、官僚は残された貴重な自然を意図的に破
壊して再生事業を強行しようとしている。
 また、官僚が最も嫌う「住民参加」実現のためにぜひご尽力いただきたい。更に
関係されている各検討会が官僚の思うままに操作されないように、持説の実現にご
努力いただきたい。中村氏は「大きな公共事業によって新たな自然を創るなどと考
えてはいけない」という。釧路湿原再生事業がそうならないように、ぜひご奮闘を
期待したい。
 検討会議の内外でいくら良いことを言っても、最後に官僚の落し所に収まれば、
結果としては自然の保全を願う人々を裏切ることになると痛感する日々を私自身が
送っているだけに、検討委員としての中村氏の今後を、奈良から期待しながら注視
し続けたいと考えている。
 
【V】大台ヶ原は 今年が天王山
 保全生態学によれば再生事業は、調査、解析、仮説(目標設定)、実験(実施)、
検証(モニタリング)・・と進む様であるが、釧路湿原ではまだ調査、実験の段階
であった。
 ひるがえって大台ヶ原の現状はといえば、まだ調査段階に入ったばかりで、検討
会でそれを解析して目標(仮説)をまとめるには前途遼遠の感じがする。しかし残
された時間は8ヶ月、検討会の回数にして2回位しかない。このような拙速で、ま
ともな目標ができるはずがないが、おそらく、官僚はすでに落し所を用意している
のであろう。
 7月1日、環境省近畿地区自然保護事務所長が霞ヶ関から赴任した。大台ヶ原は
今年が天王山だ。                  
                                                         2003年7月3日


  

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