prweb_logo sponsor1sponsor2
about sponsorship
list of this NGO's information about this NGO what is prweb?
大台ケ原>第2回利用対策部会・続
情報提供者 : 大台ケ原・大峰の自然を守る会 提供日付  : 2004/01/18 14:14 登録経由地 : 自然環境フォーラム プレスリリース08 #00362 注意:自然環境フォーラム及びネイチャー&バードフォーラム経由で掲載した    情報には、一部に当該団体の公式なリリースではなく、ネットワーク向    けにのみ提供された情報が含まれています。    また、掲載形式は、原則として上記フォーラムに掲載されたテキストそ    のもので、前後にフォーラム会員宛の説明や挨拶が付け加えられている    場合があります。


     概算15億円の費用対効果が低い大台ヶ原トウヒ林保全対策事業
          < 承前 平成15年度第2回森林生態系部会レポート >

 2001年11月に「大台ヶ原ニホンジカ保護管理計画」を策定した大台ヶ原ニホンジ
カ保護管理検討会は、1986年(昭和61年)から17年間続けられてきた「トウヒ林保
全対策事業・後に植生保全対策事業に改称」の非効率性について下記のような異例
の付帯提言をした。

「5.大台ヶ原植生保全対策事業など公共投資の評価について
 大台ヶ原の価値の維持に関して環境省はもとより、関係機関や民間の努力によっ
て様々な事業(投資)が行なわれてきているが、これらの様々な事業に対する社会的
評価については十分に明らかになっていない。
 今後公共投資抑制の流れの中でより効果的な事業を継続していくためには、類似
する施策や試みを現時点で統合的に評価することが必要とされており、こうした観
点に立ってこれまでの事業の効果(便益)分析を手がけていく必要がある。
 そこでまず、昭和61年度から進められてきた植生保全対策事業等について、これ
までの約15年間の事業を評価し、今後の植生保全戦略を策定する必要がある。」

 その費用対効果分析の基礎データが2年後にようやく公表されたが、極めて不十
分なものであった。」

(1)過去の事業の文献整理
「表6.大台ヶ原における過去の事業実施内容一覧」に従って見ていく。
 {1}ラス巻き  平成3年〜14年(5年を除く11年間)施工
		合計 24730本  3千273万3千円(平成3,4年度分は不明)
 {2}防鹿柵   昭和61年〜平成14年(平成6年を除く16年間)施工
		合計 23.92ヘクタール  3億2千342万6千円
		 (但し、昭和61年〜平成5年の8年間の金額不明
                     上記金額3億余円は平成7年〜14年の8年間分だけ)
 {3}立入防止柵(ロープ柵) 昭和62・63年、平成6・10年施工
      	          合計2862m 50万9千円(昭和62・63年度は不明)
 {4}植栽  	平成5・13・14年施工
      	    合計 866本 168万円(平成5年不明、平成13年記載なし)
 {5}歩道  	昭和63年、平成6・7・10・11年施工
      	    合計 645m(昭和63、平成6・7年度の記載なし。)
      	        2億459万4千円
 (この内平成11年度は木道627m[空中回廊]及び休憩所{11}とあわせて1億6千300万円)
 {6}展望台(日出ヶ岳)  平成14年施工   45m^2  8千900万円
 {7}テラス(正木ヶ原    平成10年施工  100m^2  2千万円
 {8}ビジターセンター   平成3年建設   522m^2  1億4千111万円
                   平成12年改修         1億2千万円
                   平成13年増築         1億9千万円
                                    合計  4億5千111万円 
 {9}トイレ(駐車場)   平成14年度施工 75m^2  8千万円(補助8千万円)
 {10}苗畑         平成10年施工  889m^2  203万7千円
 {11}休憩所(東間)    平成11年施工   1棟   
                    歩道{5}とあわせて1億6千300万円 
 民間にくらべて役所の書類の保存期間が短いとは聞いていたが、15年前の実態が
既につかめないとは驚きである。例えば防鹿柵については昭和61年から平成14年ま
で、平成6年を除いて16年間設置されてきたが、その内、金額がわかっているのが
平成7年以降の8年間の3億余円だけで、その前8年間の金額は今となればわからな
い。
 しかも、今回の評価の対象とされた昭和61年以来継続されてきたトウヒ林保全対
策事業の播種、育苗の経費が平成10年度以外は記載されていないのはどうしたこと
か。

 環境省は隠していないという。しかし、これでは時が経てば役所の仕事はすべて
うやむやのうちに済んでしまうことになる。たった15年前のことがもうわからない
とは無責任過ぎる。これでは正確な費用対効果分析ができないことになり、折角の
付帯提言が生かされないことになる。 

  それにしても、不明金を除いても12億509万円の税金が投資されていることがわか
った。多分総額は15億円を越えるであろう。そしてその三割を占める4億5千万円を
かけたビジターセンターに環境省の職員が1名もいないのは税金が有効に使われて
いるとは言えない。

 それでは個々の事業を詳しく見よう。
(2)	防鹿柵の効果
 環境省は「柵を作れば大丈夫だと考えて、設置後一度も調査をしていない」と正
直に告白し、反省している。効果の検証もなしに漠然と17年間、3億2千万円(+推
定数億円)の税金が費やされてきたのは“浪費”ではないのか。
 環境省は最近になって調査をしたが、「現在とりまとめ中」と報告書に記載され
ている。防鹿柵の功罪について検討会で度々論議になったが、それを他所に新設工
事は進んだ。

(3)ラス巻きつけ木の追跡調査
 防鹿柵同様、効果の調査はされていない。これも「現在とりまとめ中」である。
 錆びてボロボロになったラスが木肌に食い込んでいる姿は痛々しい。成長を阻害
しているであろう。環境省の昔の報告書に「すぐに錆びるから景観上問題はない。
設置してから10年程度が経過しているが耐久性もあることがしめされている。」と
あった。空中回廊を造っておいて今更景観でもないが、景観や耐久性の前にどうし
て、樹木の心を考えないのだろうか。
 その意味で、樹木を育てる林野庁はわかっている。奥日光ではプラスチックの「
保護ネット」の両端を40cmほど重ねてゆっくり巻いて根元まで覆っている。そして
樹木の成長にしたがって、ボランティアの協力を得てネットをゆるめている。大台
ヶ原では根元にラスが打たれていない樹木が多い。
   (『白神・奥日光・尾瀬 その圧倒的な自然』2001年7月20日参照 )

(4)育苗試験地における発芽、生育状況
ア. 現地播種
 ●〔直播〕 昭和61年度にトウヒの種2千粒、62年度に5万粒、63年度に6千粒合計
       5万8千粒を直播したが「発芽確認できず。」
 ●〔植生箱〕トウヒ種子を水苔と鹿沼土を入れた植生袋に入れ、鹿沼土と水苔を
       入れたの植生箱に昭和61年に4千粒、62年に4千粒、、合計8千粒は「
       ほとんど発芽せず。」
 ●〔金網〕 平成元年に植生箱を金網でおおうと、4千粒のうち2442本が発芽し
       たが、「現在生育していない。」
 結局、現地播種は全て失敗した。当時本会は、林野庁の専門家に教えを乞うべき
だと、意見を出したが、環境省は役所のメンツか教えを乞わず、税金の浪費を続け
た。
イ. 圃場播種。
 a. 上北山村森林組合圃場において、昭和61年秋から平成2年秋まで合計9回にわ
たってプランターに7万4千粒、ポットに4万6千粒播種した。発芽率、残存率とも年度
によるばらつきが大きく4年間で止めた。
 b. 平成6年春から平成10年春まで合計7回、大台ヶ原排水池、大台教会、熊野市
五郷町においても播種したが、現在は行なっていない。

 繰り返すが、これら昭和61年から平成2年までの5年間、平成6年から10年までの5
年間、都合10年間の播種育苗に要した経費が、平成10年度分以外は全く記載されて
いないのは何故だ。これでは事業評価の基礎資料にはならない。風聞では2億円と聞
くが・・・。

(5)移植苗木の生育
 ◆ 昭和61年〜63年に上北山村森林組合圃場で播種、育苗していた苗及び排水池
   柵内に自生していた稚樹計726本を平成5年に移植した。
     苔道探勝路  104本移植  25本残存(平成15年現在)
     正木が原   557本移植  46本残存( 同  上 )
     国有林内   65本移植   確認できず( 同  上 )
     合計     726本移植  71本残存 残存率 9.8%
 この移植に要した経費は不明である。ちなみの、下記のように1本あたり12,000
円とすれば、870万円かかったことになる。
 ◆ 平成10年に山上駐車場附近に設置した苗畑で育苗した苗木を、平成13年に40
   本、14年に100本合計140本を正木ケ原防鹿柵内に移植した。残存数139本。  
   
   しかし従来、苗木が経年的に枯死していったことを思えば移植後たった1、2年
   で成功と断ずるのは早過ぎる。
 この移植に要した経費は168万円である。苗木1本あたり12,000円かかっている。
社会常識からして果たして妥当な金額であろうか。
  ◆ 平成15年度に3回にわたって合計200本が移植されたことが「大台ヶ原におけ
   る過去の実験等事業位置図」に記載されているにもかかわらず、何故かここ
   に記載がない。従って経費もわからない。
 しかも、驚くべきことに、「トウヒ林保全対策事業」の音頭をとって税金を浪費し
てきた張本人がこの移植の場所の指示をしている(2003年5月15日)。環境省に質
したところ「トウヒ苗木の務処理だ」ということであったが、本数からして本事業
であろう。
 「防鹿柵で囲えば大丈夫だ」と言って何のモニタリングもせずに来ていま検討会
の批判を浴び、木を育てたこともないくせにトウヒ林保全対策事業の指揮をとって
国の政策を誤らせて来ていま費用対効果評価の対象になっている張本人を、環境省
は何故、いまだに使うのか。これでは環境省の反省の弁が疑われる。

(6)モニター木毎木調査。
 昭和62年度から平成5年度まで11年間「トウヒの食害状況の推移を把握するため」
モニター木106本を選定して調査した。昭和62年には剥皮されていない木が66本あっ
たが、10年後の平成5年には42本に減少していて「被害が進行していることが確認
された」という。
 「図1-1.被害度別個体数」の棒グラフから概略読み取ると10年後に、106本のう
ち96本くらいが剥皮されても生存している。(枯死率は 9.4%)「鹿は昔からトウ
ヒをかじってきた。それでも枯れない木がたくさんある。」とは大台ヶ原の鹿にく
わしい名古屋大学大学院芝田叡弌教授の弁である。
 「図1-2.昭和62年度調査で被害度ゼロの個体の被害推移状況」をみても、この10
年間で枯死したのは66本中わずか数本である。トウヒ枯死の原因が鹿にあるとする
環境省の主張を自ら否定するデータではないのか。剥皮をもって“被害”と断じ、
“森林の衰退”と結論づけることはもう止めてはどうか。
 この事業に要した経費も項目の書き出しが無く、不明である。

(7)木道・立入防止柵等の設置状況及び効果
 「植生保全効果について今後モニタリング調査の対象とすべく、モニタリング項目
等について検討中。」

(8)利用による植生や野生生物への影響。
 「効果を別添資料4にとりまとめた」とあるが、この影響調査は「森林の再生ポ
テンシャル調査」に含まれていて、費用対効果分析の対象外である。何故ここに入
っているのか意味がわからない。

 以上報告記載の合計金額は12億円508万9千円であるが、既に資料が失われた分を
加えれば15億円を越えるであろう。そして、予想通り費用対効果の低さがみえてき
た。
 検討委員からは「過去は仕方がないが、今後に有効に生かすために、時間をかけ
てちゃんとしたものにすべきだ」という発言があっただけで論議にはならなかった。
「過去は仕方がない」とはこの報告の承認を意味しない。この不充分な報告内容で
は、付帯提言が求める費用対効果の分析など無理である。座長も承認の採決をとら
なかった。報告を聞いただけで、承認ではない。報告の中の「不明」「とりまとめ中」
「検討中」などのデータを全て揃えた上で、再度検討会にかけるべきである。そう
でなければ「今後に生かす」ことにはならない。

経費不明の事業 を改めて書き出してみる。
(1)	ラス巻き         平成3年〜4年         合計300本
(2)	防鹿柵         昭和61年〜平成5年の8年間  合計1.31ha
(3)	立入防止柵(ロープ柵) 昭和62〜63年               合計63m
(4) 植栽(移植)      平成5年、13年              合計766本
(5)	現地播種  直播き   昭和61年〜63年          合計5万8千粒
          植生箱   昭和61・62・平成元年    合計1万2千粒
(6)圃場播種。
   ・上北山村 プランター 昭和61年〜平成2年の5年間  合計7万4千粒
         ポット      同   上       合計4万6千粒
   ・排水池、 大台教会、正木峠、五郷町 平成6年〜平成9年 播種粒数不明
(7)モニター木毎木調査   昭和62年〜平成5年の7年間    合計106本

 本会は当初から、このような事業の費用対効果の分析は難しいので専門機関に委
ねるべきだと度々主張してきたが、環境省は頑なに内部評価にこだわってきた。そ
うであるなら、責任の糊塗ではなくて、反省の裏付けのためにしっかりした評価を
してもらいたい。
                       2004年1月5日  田村 義彦



  

[article_prweb]oodai.htm