prweb_logo sponsor1sponsor2
about sponsorship
list of this NGO's information about this NGO what is prweb?
大台ケ原>修験道と登山を冒涜する奥駈道整備
情報提供者 : 大台ケ原・大峰の自然を守る会 提供日付  : 2004/09/01 15:25 登録経由地 : prweb情報受付 01 #00436 注意:自然環境フォーラム及びネイチャー&バードフォーラム経由で掲載した    情報には、一部に当該団体の公式なリリースではなく、ネットワーク向    けにのみ提供された情報が含まれています。    また、掲載形式は、原則として上記フォーラムに掲載されたテキストそ    のもので、前後にフォーラム会員宛の説明や挨拶が付け加えられている    場合があります。

          修験道と登山を冒涜する奥駈道整備
      ―― 大峰奥駈道の世界文化遺産登録について ――
                               田村 義彦
【 奈良県の反応 】
 2004年7月23日、「世界遺産登録記念祝賀式典」に於いて柿本善也奈良県知事が
「これで多くの観光客が来てくれるだろう」と臆面もなく挨拶する姿をテレビは放
映した。このような知事を首長とする県民であることを恥じる。新聞各紙も「算盤
勘定」を当然の如く書いただけで「遺産の保護」に触れたものは全くなかった。
 三県では金が儲かると大騒ぎをしているが、実は奈良ではすでに1993年に法隆寺
が、98年には東大寺や春日原始林が文化遺産に登録されているが、その時は大騒ぎ
をしなかった。これらの寺では登録以前から観光客が後を断たず、登録されたから
と言って急増することもないだろうと大騒ぎをしなかったのであろう。ところが、
今度は違った。登録の日、どこかのお寺で僧侶が万歳を三唱した。

【 世界遺産とは 】
「世界遺産」とは『人類が長い歴史の中で創造し継承してきた建物や、かけがえの
ない大自然などを(略)大切な宝として守り、次の世代に引き継いでいこうと定め
たのが「世界遺産」である。「世界の文化遺産および自然遺産の保護に関する条約」
によって、損傷や破壊から保護し、修復に必要とされる資金と技術を提供するため
の国際的な協力及び援助体制ができています。』とユネスコ・アジア文化センター
文化遺産保護協力事務所の文書に書かれている。金儲けをしろとはどこにも書いて
いない。

 ユネスコは、奥駆道を、特有な自然環境に根ざした、信仰に関わる自然性が高い
神聖性を評価して、その保護管理を求めているのである。そのための保全プロジェ
クトがない日本は、とにもかくにも登録を焦って申請書類から「文化的景観」の文
言を削って、後で適切な管理計画を付けるという条件で登録されたと言われている。
なぜ、かくも姑息な手段で登録を焦ったのか、いうまでもなく“世界遺産”を目玉
にして金儲けがしたかったからであろう。語るに落ちた国辱的な話である。
 登録の内容についてここで詳しく書く余裕はないし、拙文の本旨でもないが、登
録には問題点があり過ぎる。広域に散在していて、日常の生活空間によって霊場と
参詣道が分断されていて連続性がない。
バッファーゾーン片側50mも狭過ぎるし、世界遺産の価値、理念に反すると思われ
る温泉地もあり、化遺産として未完成であるにも拘わらず無理やり登録を急いだと
しか思えない。

【 登山道過剰整備 】
 登録後の白神山地の観光地化の様子も見ていたが、大台ヶ原が当面する諸問題で
忙しかったこともあって、紀伊半島の世界遺産についてはほとんど関心がなく、大
したことはないだろうと思っていた。しかし、その間に大変なことになっていた。
奈良県は半額の国庫補助を得て、奥駈道とその周辺の登山道改修工事を進めていた。
 曰く、聖宝の宿跡から釈迦ヶ岳まで、釈迦ヶ岳から前鬼まで、和佐又山から大普
賢岳まで、大峰大橋からレンゲ辻を経て山上ヶ岳まで。合算するとかなり永い距離
である。行者還岳避難小屋も40人位は泊まれる以前の数倍の大きさに新築された。
環境省に過剰施設整備ではないかと質すと、奥駈道に至るアプローチを改修したの
で奥駆道自体はさわっていないということであったが、一部のアプローチを除いて、
殆どは奥駈道と行場である。

 特に和佐又山から大普賢岳の岩稜は、七十五靡の行場のなかで高名な笙ノ窟があ
り、そこから行者が山上ヶ岳に千日回峰をする登山道自体が行場なのである。とこ
ろが、1979年に奈良県が1000m足らずの登山道に26基の鉄梯子と4基の板橋を設
置した。行者と登山者が岩稜を登ることで五感から感得する意味を奪う暴挙である。
奈良県知事に会って撤去を申し入れた。(会報『自然保護ニュース』No.24所載)
知事は「このような鉄梯子を設置してまで観光客を呼ぶ必要はない。調査して危険
なものははずすように指示する。」と約束したが履行されなかった。修験道の側か
らも抗議の声が上がったとは聞いていない。その後知事も代わり、登録によって観
光客を呼びたい現知事は、好機とばかりに更なる過剰整備を命じたのであろうか。
和佐又には大きな便所も作られた。

【 自戒をこめて 】
 本会は近年、大台ヶ原の空中回廊設置、鹿駆除計画、自然再生計画、マイカー規
制などの重要課題に専念していて、大峰については全く力を注ぐことができず、遅
きに失した。
 ごく最近、大台ヶ原の歩道整備において、環境省が我々の長年の願いにようやく
理解を示し、全国の国立公園に例を見ない、コンクリートを使わない地場材の空積
み石階段を地元の伝統工法によって見事に仕上げただけに、この大峰山系の整備と
の落差があまりにも大きく、奈良県に対する働きかけを79年以後何もしなかったこ
とを深く悔いる。
 しかし、白神山地、白川郷に見られるように今後押しかけてくる多くの観光客を
受け入れるために、更なる過剰施設整備・自然破壊が予想されるので、自戒をこめ
てここで警鐘をならしたい。
 環境省は大台ヶ原の歩道整備計画を毎年、事前に公開して関係住民の意見を聴取
し、計画変更をしている。奈良県もこれに見習って計画の事前公開をして広く関係
県民の意見聴取をすべきである。

【 修験道と登山者 】
 七十五靡の奥駈道は修験道の修行の場である。多少の危険、リスクがあるからこ
そ修行の場であって、何の危険のない安全な遊歩道に改修することは修験道に対す
る冒涜ではないのか。行者が、危険をともなう厳しい自然の中を永い日数歩き通す
ことで、自分の中にある霊性を甦らせるのが奥駈道だと私は考えている。同じ奥駈
道を歩いた場合、修験道と登山との違いは聖なるものを感得できるかどうかの違い
だと考える。修験道にとっても登山者にとっても、原生的自然の存在自体に意味が
あるのであって、岩をつかみ木の根を踏んで登る奥駈道をみだりに人工化しないで
もらいたいという願いは同じであるはずだ。
 登録を当てにして、観光客の安全と歩き易さのために施工されたとしか思えない
この過剰整備に対して、修験道の側から、「奥駈道は修験の霊場だ。余計なことを
するな!」と異議申し立てが何故出ないのか。整備どころか、昔の姿に修復すべき
である。それがユネスコの理念であり、同時に修験道と登山者の願いであるはずだ。

【 登山道の認識 】
 最後に、修験道から少し離れて、登山道整備に関わる現在の登山者の感性、心情
について触れたい。登山道問題について、永く行政や登山者と論議を繰り返してき
た経緯から考えると、登山道の認識は登山の本質論と、それに基づく登山者の感性
に帰結する。誰かに山へ連れて行ってもらうことを期待する最近の圧倒的多数の中
高年登山者は、歩き易い楽で安全な登山道を望む。その圧倒的な要望を受けて、道
路管理者としての行政は登山道をコンクリート練り石階段や空中回廊、木製デッキ
などで過剰なまでに整備して、責任逃れを意図する。

 その嚆矢は環境庁がアパラチャン・トレールを真似した東海自然歩道の木の階段
であり、最近の立山に見られる緑のダイアモンド計画によるコンクリート練り石階
段に極まる。大杉谷では、老朽化した吊橋の危険性を予感でなかった観光客が墜落
死して、その責任を問われた国と県は裁判で完敗した。その悪循環が全国の山岳自
然公園の原生的自然を破壊し、人工化してしまったのである。

 登山という行為は荒々しい自然の中での弱い人間の行為であり、ときには不可避
の死すらあり得る非日常的、反社会的行為である。安全で歩き易い登山道を求める
こと自体登山の本質の否定であるが、その意味では修験道と共通するものがあるの
ではないかと考える。

【 蛇足・女人禁制 】
 世界遺産登録を期に「大峰山女人禁制解禁」の声が出てきたようだ。不勉強でそ
の理由は良く知らないが、毎日新聞のコラム「憂落誌」によれば、「男女参画」ら
しい。女性としてどうしても「大峰山」に登りたいのではないそうだ。どうしても
登りたい女性登山者は、閉山期にかなりの数が登っているようだ。

 吉野熊野国立公園の指定を受けようと地元で期成同盟を作って運動していた昭和
7年に、内閣の現地調査団一行を洞川に迎えて、「地元の洞川では国立公園になる
なら女人禁制を解消してもよいとの歓迎ぶりであった。」と『山小屋』第七號 関
西特輯號(昭和7年6月 朋文堂発行)に記されている。
 更に、日本山岳修験学会編『山岳修験』第四號(昭和63年10月 岩田書院発行)
に、伊東 早苗氏が「大峰山の女人禁制―攻防と存続―」と題して、緻密な資料蒐
集に基づいた歴史的経過を12ページにわたる論文で詳細に述べている。この問題に
関心を持たれる方には必読文献である。地元並びに修験道が宗教的伝統に固執して
きたのではなく、解禁に向かって試行錯誤してきた苦悩の歴史が読みとれ、感動的
ですらある。(この號は売り切れで、現在では入手困難の様であるが、ご連絡戴け
ればコピーをお送りする。)

 今更言うまでもなくヨーロッパにも女人禁制の場所があり、日本でも異性禁制の
場所がある。理由は宗教的伝統、慣習である。「大峰山」についても1300年にわた
る宗教的伝統をユネスコが承知した上での登録である。その宗教的伝統、慣習につ
いて今の時点で、次元の違う不毛の論議をしても合意が得られるとは思えない。い
くら男女参画時代になったとはいえ、突然の解禁要求は登録便乗と思えてならない。
それはユネスコの本意ではないであろう。
 もっとも、伝統や慣習は時を経て変わっていくこともあり、やがて女性が「大峰
山」に登れる日がくるかもしれないが、その時は自然な合意でそうなってもらいた
いものである。世界遺産登録の旗降り役であった高名な行者が、登録後気落ちして
いる、ともらされたのを私は聞いた。こんなはずではなかった、と感じられたので
はないかと私は勝手な解釈をしている。未完成な“世界遺産氏hを機が熟していない
にも拘わらず登録を急いだために、いろんなところで不協和音が出ているように思
う。
                               2004年8月26日


  

[article_prweb]oodai.htm