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大台ケ原>真理をゆがめる不十分な数字の玩び
情報提供者 : 大台ケ原・大峰の自然を守る会 提供日付  : 2004/09/01 15:26 登録経由地 : prweb情報受付 01 #00437 注意:自然環境フォーラム及びネイチャー&バードフォーラム経由で掲載した    情報には、一部に当該団体の公式なリリースではなく、ネットワーク向    けにのみ提供された情報が含まれています。    また、掲載形式は、原則として上記フォーラムに掲載されたテキストそ    のもので、前後にフォーラム会員宛の説明や挨拶が付け加えられている    場合があります。

        真理をゆがめる不十分な数字の玩び
                                田村 義彦
【はじめに】
 かつては自然の「不確実性」についてよく論じられた。それは、自然を対象にし
た現代科学の未熟性、限界性の論議でもあった。官僚は「科学的データが揃うのを
待っていたのでは行政は何もできない」と嘆いていた。
 しかし、ここ数年、特定鳥獣保護管理計画や自然再生推進法が浮上するに及んで
「不確実性」論議を聞かなくなり、かわって「科学的、計画的」が強調されるよう
になった。「科学的」という言葉が真理性や確実性の代名詞のように使われ、その
言葉によって行政の意図が是認されることとなった。19世紀にドイツにおいて国家
権力の後ろだてによって科学は神にかわる優越性、正当性があたえられたが、ここ
にきて、科学が国家政策に対する「素人である市民」の批判を封じ、政策の正当性
を“保証”することとなった。

 行政の各種審議会・検討会が追認のためのセレモニイに過ぎないことはよく知ら
れているが、ささやかな体験でそれが事実であること知った経過については、すで
にこのHPに何度か書いてきた。検討会の内容はおよそ真実探求には程遠く、論議
は行政の意図する結論に収斂されていくのが常であった。象徴的な実例を一つ書こ
う。(平成15年度第2回大台ヶ原ニホンジカ保護管理検討会 )
 鹿の捕殺の効果を立証するデータとして、対照となるべき捕殺前の頭数を調べた
のはただの1ヶ所だけであった。そして捕殺後5ヶ所で鹿の頭数を調べて対照の頭数
と比較して「鹿は約半分に減った。捕殺の効果はあった。」と結論づけられた。さ
すがに、検討委員の一人が「対照が一つだけで結論づけるのは早い」と発言したが、
他の委員からの発言もないまま、検討会の結論として「捕殺の効果」が否定される
ことはなかった。

 このような体験は医学の片隅で「真の値」を求めることを業として来た私には衝
撃的であった。個体差が大きい人間を対象にするだけに、真の値を求めることに日
々苦悩した。アメリカ、カナダ、オーストリア、アジア、日本の4000近いラボが参
加するサーベイに多額の経費を払って恒常的に参加して、自己のデータの客観性を
チェックした。条件を細かく分けた統計処理の母集団としてはこれくらいの数がな
ければ安心できなかった。
 ところが、大台ヶ原の自然保護にかかわる各種データを読んで、そのサンプル数
の少なさと、それにもかかわらず「・・・と明らかになった」と結論付ける強引さ
に驚嘆した。

【報告書風作文】
 この驚きはずっと続いているが、最近、更に驚嘆すべき “報告書”を目にして
改めて愕然とした。
『奈良植物研究』第26号(平成15年)に載った横田岳人氏(龍谷大学理工学部講師、
環境省自然再生検討会森林生態系部会委員)の『2003年8月の台風10号による大台
ヶ原山のトウヒ風倒被害の現状と風倒に与えるニホンジカの剥皮の影響について』
がそれである。
 簡単にいえば、台風による風倒は鹿が剥皮したところから折れているので、剥皮
防止のラス巻きが幹折れに有効だというものである。

 読者諸賢に、まずこの報告書自体をぜひ読んでいただきたい。読めば多くを語る
必要はない。その内容は、自然を冒涜し学問・真理を愚弄し、環境省に媚びるため
に粗製濫造された報告書風作文であることに納得するであろう。
 ( 報告書希望の方にはコピーをお送りしますので、メールでご請求ください。)

 報告書の冒頭に「1959年の伊勢湾台風時の風倒木から始まり、その後のニホンジ
カによるトウヒ樹皮の剥皮も進み、全周剥皮の結果、多くのトウヒが枯死してしま
った。」とある。風倒木発生後の「樹冠の解放」、「林内乾燥」、「林床の荒廃」
などの枯死に至るいくつかの要因を環境省は認めている。横田氏も他の報告で「枯
死は種々の複合的な要因で生じたものである」とする環境省の見解を引用している。
それにもかかわらず、ここでは複合的要因を省略して、あたかも鹿の剥皮だけが枯
死の原因であるかの如き表現をしているのはあまりにも恣意的である。更に、横田
氏は全周剥皮が低率であることを承知の上で、《鹿が多くの木を全周剥皮して枯ら
した》と表現をするのは恣意的に過ぎる。

【台風の実態】
 一方、横田氏は調査の前提に選んだ台風10号が、「風台風」ではなく「雨台風」
であったことがお気に召さなとみえて、消防庁の被害状況を羅列したうえで、「し
かしながら、大台ヶ原地域では、以下に述べるように多くの風倒木が生じた。」と
不可解なことを書く。
 生活圏での被害が多かったのは、台風が沖縄本島を通過して高知県室戸市附近に
まず上陸し、更に西宮市附近に再上陸して、北陸、東北地方を通過して北海道襟裳
岬附近に三度上陸して、日本を縦断しながら雨を降らせたからであって、風の猛威
が原因ではなかった。ところが横田氏は、生活圏での被害を強調する一方で風の被
害の少なさに落胆して、第二室戸台風と比較して「幸運というほかない」と余計な
ことを書くが、この屈折した“論理構成”がどうにも不可解である。確かに台風で
多くの木が倒れたほうが、鹿の剥皮が原因で倒れたと言いたい横田氏の意図には合
致するであろうが、自然現象までも自分の思惑に合わしてゆがめようとする心理は
傲慢なのか幼稚なのか、理解を超える。推論を立て検証していくのが科学であるが、
横田氏の“論理構成”は検証ではなく歪曲と牽強付会であって、科学ではない。

 横田氏は消防庁のHPから被害状況を取り出して書いているが、何故か気象庁の
HPから台風10号の実態を取り出していない。大台ヶ原の風倒木を論じるのであれ
ば、生活圏での被害状況よりも大台ヶ原での台風の実態を調べるのが本筋ではない
のか。
 台風10号の雨量は、日出ヶ岳に接近した8月7日20時から雨が降り始め、24時まで
に22mm降った。台風通過の8日は352mm。9日は雨が止んだ10時までに109mm、合計
483mmの降雨があった。因みに山上ヶ岳では404mm、上北山では476mm、宮川では494
mmの降雨があった。

 風速、風向は日出ヶ岳では観測していないので、上北山村のデータをみると、平
均風速が7日0.5(0〜2)m/s、8日2.3(0〜5)m/s、9日1.0(0〜5)m/s。
勿論、大台山上でははるかに強い風が吹いたであろうが、それにしてもこの数値か
ら類推すると、とても「風台風」とはいえない。横田氏がなんと強弁しようとも
「雨台風」だったのである。
 したがって、横田氏が「台風10号は雨台風だったので倒木が少なく、80本のサン
プルしか得られなかった」と正直に書けば済むことではないのか。何故そう書かな
いのか。例えば、2001年8月22日に和歌山県田辺市付近に上陸した台風11号は日出
ヶ岳に932mmの降雨をもたらしたが、いくら大台ヶ原でも横田氏が期待するような
台風がそれほど頻繁に来るわけではない。どうしても、強い「風台風」後の調査を
したければ、その時を待つしかない。台風10号の実態が雨台風であるにもかかわら
ず、そのデータを伏せて、あたかも風台風であったかのように装うなど、真実に忠
実であるべき科学者の資質を疑わざるをえない。

【80本の風倒木】
 横田氏は「時間的制約があったので」と言い訳をして、合計80本の倒木しか調べ
なかったというが、前にも述べたようにサンプル数があまりにも少ない。条件別に
分類していくと、10本、12本、17本、25本のサンプルで結論付けている。根折れに
至っては3本と5本である。菅沼某がかつて、枯死木100本を調べて80本剥皮されて
いるから鹿の剥皮が枯死の原因であると結論付けた児戯に等しい。
 調査研究において“時間的制約”は理由にならない。時間がなければ不充分な調
査でも許されるのが横田氏の環境なのであろうか。時間がないために不充分な報告
しかできないとなれば、その報告は出すべきではない。たった1日現地を歩いただ
けで自分が設定した結論を綺麗に描きたいと願うのは子供じみたわがままで科学で
はない。

 ところでこの年は、3月に遅い雪が降り、重い春雪が胸高直径30cm前後のトウ
ヒを何本も倒したのを東大台で目撃して驚いた。横田氏が調査したと思われる牛石
ヶ原から正木ヶ原に至る区域の東の斜面は好きなマインゲビートなので台風後も何
度か歩いた。勿論このような報告が出るとは夢にも思わなかったので詳しく観察し
たわけではないが、多くの新しい風倒木に出会った印象は残っていない。横田氏は
「この10号台風によって大台ヶ原全体で倒木が見られた」と断定するが、果たして
「全体」を調べたのであろうか。秋には三津河落山の稜線も歩いたが新しい倒木を
見た記憶はない。10号程度の雨台風1回で、「胸高直径20cm〜80cm」の太い木が、
「根返り35本を含む80本」も果たして倒れたのだろうかと素朴に思ってしまう。
 奈良県下に多くの山林被害をもたらし、倒木が室生寺の五重塔を損壊した1998年
の7号台風のあと、筏場道を登ったが根返りした大木は3本であった。「根返り35本
を含む80本の倒木」は科学的サンプルの数としては少ないが、一般的景観の中での
数としては、決して少ない数ではない。

 そこでまず疑問に思うのは、横田氏は台風が通過した20日後に調査をしたそうで
あるが、倒木がごろごろころがっている中で、「80本の倒木」が台風10号によって
倒れたものであることをどうして確定したのであろうか。この前提条件が確かでな
ければ、あとのデータ解析は何の意味もなくなる。
【報告者の言い分】ここで、読者の理解ために横田氏の言い分をみてみよう。
●ラスありとラスなしでは、ラスなしに幹折れが多い。折れている箇所はシカの剥
皮部分が多い。これはシカの剥皮部分から菌類が侵入して腐朽したためだ。
●根返りでは逆にラスありが多い。これはラスのために幹でなく根が剥皮されたの
でそこが腐朽したためである。
●従ってラス巻きはトウヒを台風から守るのに有効だが、根返りの原因になること
もある。
ということらしい。
【科学的立証抜きの独断】
 まず、幹折れ位置がシカの剥皮部分が多いということだが、これはただ単に根元
に近い部分で折れたというだけのことではないのか。剥皮による材木強度の問題と
いうより風圧による単純なモーメントの力学の問題ではないのか。
 風圧で幹折れになるか根返りになるかは、剥皮位置、面積の影響よりも、材質や
地質の影響のほうが圧倒的に大きいのではないか。風圧によるモーメントに対し、
地盤の持つ支持力と材木の持つ複合応力(弾性力)とどちらが大きいかで、倒れる
か折れるかがほとんど決まるのではないか。全く実証的な条件比較がされていない。

 報告書には「内部が菌類で侵された倒木」の寫眞が出ているが、倒木前にすでに
「内部が菌に侵されていた」ことを立証できているのか。菌類は剥皮後すぐに乾燥
する前に侵入するように書かれているが、そんなに速く生木内部に侵入できるのか
疑問だ。「ラスありはラスなしよりも年数が経過しており、菌類の侵入が少なかっ
たのかもしれない」とあるが意味不明だ。なぜ年数が経過すると侵入が少ないのか。
実際に剥皮後にどのような菌がどのくらいの深さまで侵入し、どのような材木強度
の劣化があったのかこれも全く実証されないまま、ただ想像で書かれているにすぎ
ない。

 地表面に露出した根の剥皮と根返りの関係についても全く因果関係が立証されて
いない。根の剥皮によって実際にどれだけ根の支持力が減少しているのか、根、毛
根がどれだけ縮退して、地下部分の根の重量、根が保持する土壌の重量がどれだけ
減少しているのか全く調査されないまま、「ラス巻きの結果、幹が剥皮できないた
めに周囲の根をニホンジカが剥皮している姿がうかがえる」などと勝手に想像して
満足しているにすぎない。

 ラス巻きのやりかたについても、「ラス設置後に土が流れたりラスが剥がれるな
ど根が露出している場合が多い」とあるが、実際に根部分にラスが巻かれてからシ
カに剥皮されたケースがそんなにあるのかまったく数字、比率が示されていない。
ラス巻きのある木の方がない木より多数倒れていることを言い訳するために、想像
で書いているだけだ。
 「設置後の根の露出」よりもむしろ最初からラスが巻かれていない根の剥皮をよ
く目にする。そしてその剥皮面積は幹に比較すればはるかに少ない。その僅かな「
根の剥皮で風倒しやすくなっている可能性がある。」と科学的根拠のない「可能性」
で断定してもらっては困るのである。

 また、「表1」に、文中にはない「根折れ」という単語が「根返り」の範疇として
突然出現するが、その定義と「幹折れ」との違いの説明が全くないのも杜撰である。
仮に「根折れ」を根の近くで折れたものだとすれば、地表部分、地下部分の根が着
いている「根返り」の範疇に入れるのはおかしい。

 横田氏は台風による風倒木は鹿の剥皮が原因であることを「示唆された」と強弁
するが、「剥皮」・「腐朽」・「風倒」の科学的因果関係は立証されていない。結
局、科学的な実証が全くされないままの「示唆」と「可能性」と「傾向」の想像の
産物であり、研究の名に値しない。倒木、折木を剥皮位置だけで説明して力学的な
側面が無視されているが、横田氏は折角「理工学部」に身を置くのであるから、こ
の面の解析をしっかりしてほしかった。

 ところで、最近の環境省はこのようなこじつけを言わない。直近の本年2月18日
に開催されたニホンジカ保護管理検討会に於いて、環境省は「鹿の剥皮が枯死に結
びつくかどうか明確にはわからない」と慎重に発言したことを、検討委員として同
席した横田氏は聞いていた。昨年来、環境省は度々同様の発言を繰返していること
を横田氏はよく承知しているはずである。

 ラス巻きの効果については、環境省は全立木の調査を済ませて生存率95.6%の報
告を出している。横田氏のこじつけは必要ない。横田氏は自分の報告を環境省が歓
迎してくれると期待しているのかもしれないが、現在の環境省にとってはこのよう
な牽強付会の作文ははむしろ有難迷惑であろう。前述したように環境省はデータを
必要としないが、まして、一般市民すら納得させ得ないこの作文などは必要でない。
些細なことではあるが、報告者はラスを「ステンレスの金網」と書いているが、引
用したと思われる環境省の実績報告書(1944)には「建築用ラス」と書かれていて
「すぐサビるため周囲から目立たない云々」とある。「すぐ錆びる建築用ラス」を
「ステンレスの金網」とわざわざ書き直さなければならない理由が何かあるのだろ
うか。

【自ら注意を求めた報告】
 かくも乱暴に、台風による風倒までも鹿の剥皮のせいにしたい横田氏も、「まと
め」で、この報告が「生立木との比較」をしていないので、「剥皮害と風倒との関
係を明らかにするために〔略〕要因を考慮する必要があり」、「今回の結果を解釈
するには、特にこの点を注意する必要がある。」と不思議なことを書いている。自
分の“報告”のひどさを承知してのことで、その責任回避の布石であろう。それ程
「注意」が必要な報告であれば提出は時期尚早であろう。「注意」を他に求めるの
ではなく、注意すべきは報告者自身である。
 素人の市民は教師、研究者、専門家などに対して尊敬と謙虚を装ってはいるが、
横田氏が思うほど愚かではない。横田氏の求めに応じ、我慢しながらこの“報告”
に「注意」した結果がこの拙文である。

 かつてトウヒ枯死の原因をすべて鹿のせいにした人物がいたが、それに加えてつ
いに台風による風倒までも鹿のせいにするとは驚きである。真面目に大台ヶ原の自
然に心を痛めている真摯な研究者が多々いるなかで、“研究報告書”を装った作文
など天に向かって唾することではないか。横田氏の“独創的”な独断は少なくとも
この“報告”では成功しなかったといえよう。

【審査基準】
 ところで、およそ「研究」の名に値しないこの作文を平気で会誌に採用、掲載し
た「奈良植物研究会」の審査が不可解である。拙文で指摘した疑問は、本来、審査
の段階で当然チェックされるべき事柄である。データの分析、考察が論理性を欠い
たものであれば、そこを正した上で再提出を求めるのが常ではないか。私の知る限
りこれほど酷い内容では再提出のチャンスすら与えられず、門前払いである。
                              2004年5月30日


  

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