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堂本あき子>60回目の終戦記念日
情報提供者 : 堂本あき子なの花ネットワーク 提供日付  : 2005/08/16 14:53 登録経由地 : prweb情報受付 02 #00212 注意:自然環境フォーラム及びネイチャー&バードフォーラム経由で掲載した    情報には、一部に当該団体の公式なリリースではなく、ネットワーク向    けにのみ提供された情報が含まれています。    また、掲載形式は、原則として上記フォーラムに掲載されたテキストそ    のもので、前後にフォーラム会員宛の説明や挨拶が付け加えられている    場合があります。

◆堂本暁子のメールマガジン◆――*――*――*――*――*――
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|堂|本|あ|き|子|な|の|花|日|記| 2005年8月15日発行
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●60回目の終戦記念日

【8月15日】

皆さま 堂本暁子です

 今日は、60回目の終戦記念日で、千葉県忠霊塔に拝礼しました。

 毎年、ご遺族の方は、歳を取られ、去年は元気だったご婦人が
今年は杖をついての参加でした。

 「どなたを、何処で...?」と声を掛けると「スマトラで、夫を。
一緒にいたのは1年1ヶ月だけでした。娘と夫の話をしたことがあり
ません。『お父さん』と言っただけで、2人とも泣いてしまうんです」

 60年たってもこの家族の悲しみは癒えていません。
 白髪の男性は「父を、フィリピンで」と涙ぐみながら答えました。

 私は20年ほど前に、フィリピンのレイテ島で遺骨収集団と出会い、
日本軍が玉砕した現場を歩きました。、暑い南の国で、どれだけ悲惨
な戦いがくり広げられたのだろうか。心痛んだ当時を思い出しました。

 遺族会の会長さんの父上は、昭和12年の12月30日に上海で戦死。
本人は翌年3月に生まれたので「父の顔は知りません」とのこと。

 同じ昭和12年の2月に、80歳の尾崎行雄翁は身命を賭して、戦争に
反対する質問演説を帝国議会で行い、「私の望むところは、どうか
今日においては武力発展ということを諦めてほしい、いまわが国は
経済力発展に全力を尽すべきである」と訴えましたが、この演説から
4ヵ月後の7月に、日中戦争が勃発してしまいいます。

 戦地で、あるいは沖縄で、更に空襲で命をなくされた多くの方たち
に、60年の節目の折りに、私たちは哀悼の意を表すると同時に、平和
について考え、とことん話すべき時である、との思いを抱いて忠霊塔
を後にしました。


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