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情報提供者 : 緑の地球ネットワーク
提供日付 : 2005/09/02 23:43
登録経由地 : prweb情報受付 02 #00260
注意:自然環境フォーラム及びネイチャー&バードフォーラム経由で掲載した
情報には、一部に当該団体の公式なリリースではなく、ネットワーク向
けにのみ提供された情報が含まれています。
また、掲載形式は、原則として上記フォーラムに掲載されたテキストそ
のもので、前後にフォーラム会員宛の説明や挨拶が付け加えられている
場合があります。
中国山西省大同市の黄土高原の農村での緑化協力活動のなかでの体験を
書きつづっています。不定期の発行です。
バックナンバーを緑の地球ネットワークのWebページにおいています。
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黄土高原だより(NO.325)
(2005.09.02)
高見 邦雄(緑の地球ネットワーク事務局長)
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農村の女性教師
広霊県苑西庄村の、小学校の先生と、
知り合ってから、10年になります。
いつも親切にしてもらって、
ワーキングツアーの人たちが、なんども
彼女の家に、ホームステイしています。
今回も、毎日国際交流賞の受賞がきまって、
その特集記事のために、毎日新聞の根本記者が同行し、
この村を取材しました。
8月31日に、特集記事が掲載されたそうですが、
私はまだ大同にいますので、みていません。
苑西庄村の小学校には、先生は1人。
1年生から、3年生まで、1つの教室で教えます。
児童数は、10人前後。
4年生から上は、1.5kmほど離れた、
となりの苑庄村の、小学校に通います。
こちらの村のほうが、少しだけ大きい。
その先生の名前は、楊維花。
41歳の女性です。
今回はじめて、経歴をききました。
彼女は、この村から、そう遠くない
平城村の、生まれ育ち。
2002年の、作[田童]郷との合併前は、
平城郷の、政府があった村で、
苑西庄村に比べると、ずっと大きく、豊かです。
豊かな村から、貧しい村への、
人の移動は、ふつうではありません。
それなのに、23年前、彼女は、苑西庄村にやってきました。
しつこく、事情をきいたんですよ。
彼女がまだ、幼かったころ、「上山下郷」運動がありました。
貧しい農山村にでかけ、そこで農民たちに学んで、自分を鍛え、
村の発展にも役立とう、という運動です。
毛沢東が提唱した、といわれます。
都市と農村の、格差解消も、うたわれました。
大同における、そのモデルが、李世傑だったといいます。
鉄の娘、といわれました。
彼女はいま、大同市総工会の主席で、
共産党大同市委員会の、常務委員でもあります。
総工会は、労働組合の連合体。
大同における、私たちのカウンターパートが、
青年連合会から、総工会に移ったので、
李世傑さんとは、とても親しくしているんですよ。
楊維花さんにとって、李世傑は、あこがれだったそうです。
高校を卒業して、彼女は、もっとも貧しい農村で
教壇に立つことを、志望しました。
やってきたのが、苑西庄村です。
私たちが井戸掘りに協力するまでは、
飲み水にも、困っていました。
それまで、この村に、先生はおらず、
勉強したいこどもたちは、ほかの村の学校に
通うしかありませんでした。
村の人たちは、彼女を、とても歓迎したそうです。
でも、理想は理想、現実は現実。
この村での生活は、農村育ちの彼女にとっても、
苦労の連続だったそう。
そのときの小学校は、土づくり。
教室に連なる、小部屋に1人で住み、
自分で水をかついで、自炊したそう。
「そのとき、私は18歳でしたから、
さびしくて、つらくて、なんども泣きました。
でも、勉強がしたくて、
まっ正面から、自分をみつめてくる
こどもたちに対すると、
逃げることは、できませんでした」。
それより、もっと、つらかったのは、
教えているこどもが、家庭の事情のために、
学校をやめていったことだそう。
その気持ち、すこしは、私にもわかります。
都市から農村におもむいた、知識青年の大部分は、
その後、町に帰りました。
その当時、高校を卒業すれば、知識青年と呼ばれたのです。
都市と農村の、ギャップを考えれば、
彼ら、彼女らが、街に帰るのは、当然のことです。
深いきずあとを、残した例も、少なくありません。
そういう結果を残した、あの運動、政策は、
失敗と評価されています。
非道なことと、いわれもします。
でもね、農民はその前も、その後も、ずっと同じように
くらしていますからね。
そのことを、忘れてはならないでしょう。
彼女はそのまま、村に残りました。
伴侶もそこでえて、2人のこどもがいます。
彼女と、はじめて会ったときから、
ふつうの先生とはちがうことを、
私は、なんとなく、感じていました。
こどもにたいする愛情が、尋常ではないのです。
この村に、こだわるようになった原因の1つに、
まちがいなく、彼女の存在が、あったと思います。
話をききながら、私は、頭のなかで、計算していました。
23年前は、1982年。
上山下郷運動は、終息していたはずです。
私が、そう指摘すると、彼女は、つけたしました。
「自分には1歳下の、弟がいたので、
それ以上、勉強することは考えられず、
教育のしごとに、つきたかったのです」
理想は理想、現実は現実。
その接点で、彼女は生きてきたのでしょう。
でも、運動の熱気に押されて、
そのような選択をしたのではなく、
本人の、自発的な意志として、進路を選んだことが、
志を堅持させたのでしょう。
10年前に、はじめて会ったときの、
彼女の賃金は、65元。
現在のそれは、100元。
中学校を卒業した娘は、初等の教育専門学校に、合格しました。
でも、あきらめさせるしかないと、彼女は決めていました。
息子は、小学校5年生。
彼を中学校にすすめるにも、年間、2000元がかかります。
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第17回毎日国際交流賞 表彰式・受賞記念講演会
2005年9月22日(木)14時〜16時10分
毎日新聞大阪本社地下1階 オーバルホール
GENの受賞が決まりました。立花代表が記念講演をします。
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