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GEN>黄土353>シュワルツは18歳
情報提供者 : 緑の地球ネットワーク 提供日付  : 2006/04/03 23:20 登録経由地 : prweb情報受付 02 #00905 注意:自然環境フォーラム及びネイチャー&バードフォーラム経由で掲載した    情報には、一部に当該団体の公式なリリースではなく、ネットワーク向    けにのみ提供された情報が含まれています。    また、掲載形式は、原則として上記フォーラムに掲載されたテキストそ    のもので、前後にフォーラム会員宛の説明や挨拶が付け加えられている    場合があります。

  中国山西省大同市の黄土高原の農村での緑化協力活動のなかでの体験を
 書きつづっています。不定期の発行です。
 バックナンバーを緑の地球ネットワークのWebページにおいています。

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   黄土高原だより(NO.353)
     (2006.04.03)
            高見 邦雄(緑の地球ネットワーク事務局長)

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 シュワルツは18歳

 3月27日、霊丘県の上北泉村の、農家に、
 ワーキングツアーが、ホームステイしました。
 いつものツアーにもまして、熱烈な歓迎でした。
 この村で協力を開始したのが、1996年の春ですから、
 ちょうど、10年。
 私たちが、大同の農村で協力をはじめてから、
 15年目でもあります。
 それを記念してのことです。
 ついでにいえば、1994年に、世話人の竹中隆さんと、私とで、
 この村を訪ねたのが、最初の縁でした。

 県、郷などの幹部が、参加したなかで、
 村の党書記の、鄭海水さんが、歓迎のあいさつをしました。
 彼なくして、このプロジェクトの継続も、成功もなかったでしょう。
 10年の変化について、彼は話しました。
 私も、急に、あいさつを求められ、
 思いつきの話を、手みじかにしました。
 話し終えたとたん、「しまったあ!」と思いました。
 1人の若い男が、視野にはいったからです。

 名前は、知りません。覚えていません。
 ジャスコ労働組合の、桜井さんが、
 「シュワルツ」と、呼びはじめました。
 とても目立つ、ワルガキだったのです。
 こどもたちのなかでの、リーダーシップは、突出していました。
 軍用の迷彩服をまねた、服をきていました。
 シュワルツェネッガー演じる、
 映画の主人公に擬して、そのように呼んだのです。

 桜井さんが相手になると、
 蜂の巣をつついたように、ヤンチャぶりを発揮しました。
 私が相手をすると、おとなしくなります。
 ウオークマンの、イヤホンの片方を貸して、
 ビートルズの「イエスタデイ」を聞かせると、
 静かにきいて、片手を私にあずけていました。
 これも、ひとがらですね。
 エヘン!

 目のまえの、シュワルツは、いい大人です。
 歳をきくと、18歳だといいます。
 彼の周囲にも、同じくらいの若ものが、数人、立っていました。
 このくらいの年齢の、若もの集団を、農村で目にすることは、めったにありません。
 たいていは、出稼ぎにでています。
 いたとしても、近寄ってくることは、まれです。
 中国でも、むずかしい、年ごろなんですよ。

 上北泉村の、その年齢の若ものは、
 こどものころ、私たちといっしょに、作業をした経験をもっています。
 なつかしく思って、10年という、節目に、
 そろって、でてきてくれたのだと思います。
 「しまったあ!」と思ったのは、そのことを話して、
 「10年というのは、8歳のこどもが、18歳になる、
 それだけの時間です」といったことを
 話せればよかった、と考えたからです。

 この10年のあいだに、上北泉村は、ほんとに変わりました。
 ずいぶんと、豊かになったのです。
 レンガ建ての、住居が、つぎつぎに新築されています。
 家のなかには、さまざまな家電があります。
 村のなかの道路も、コンクリート鋪装されました。
 村の中央には、新しい、大きな、舞台ができました。
 はじめてきた人、最近になって通う人には、
 以前のことは、想像もつかないでしょうね。
 逆に、以前にこの村を訪れ、その後、きていない人には
 村のいまの状態は、イメージするのが、むずかしいでしょう。

 村のすぐまえを、唐河が流れています。
 唐河を渡れば、そこは国道108号線です。
 そういえば、交通至便な村に思えるでしょうが、
 5年ほど前まで、この河に、橋がありませんでした。
 村にはいるには、唐河を、歩いてわたるか、
 農用車で、流れのなかを、突っ切るしか、ありません。

 はだしになって、ズボンをからげ、歩いてわたった経験を、
 私もなんどか、もっています。
 そのようにいえば、ああ、あそこの村か、と思い出してくれる、
 初期のツアー参加者も、おられるでしょう。
 1つ南の、下北泉村経由なら、陸路がありましたが、
 それには、大回りしないといけなかった。

 あそこに、りっぱな橋が、かかったんですね。
 そのためのお金は、基本的には、村がまかないました。
 外部にも寄付を求めたのでしょう。
 寄付した人の名前が、寄附額とともに、記念碑に、刻まれていました。
 私も親しかった、当時の県の党書記・李田山の名前が最初にあり、
 金額は500元。
 少ない人は、5元くらいまであります。

 橋がかかり、交通が便利になることで、
 2つの可能性が、あったと思います。
 若ものを中心に、いっそう多くの人が外に出て、
 村の空洞化がすすむのが、1つ。
 もう1つの可能性は、村が活性化することで、
 出稼ぎにでていた若ものたちまで、村にもどってくること。

 さいわいなことに、いまのところ、
 この村は、後者の道を、歩んでいるようです。
 このたびの、歓迎の場に、
 若い男女の姿が、たくさんみられたのも、それを物語っています。
 私も毎年、この村の農家に、泊まっていますが、
 いったんは、外に出稼ぎにでていた人たちが、
 結婚を機に、村に戻ってきた、というケースが多かったのです。
 今回、お世話になった、呂二軍さんも、大同の石炭関連企業で、7年間働いたあと、
 村に帰ってきました。
 夫妻とも、私の本の中国版『雁棲塞北』の、読者だったことは
 ありがたいことです。

 こうしたことを、可能にしたのが、果樹栽培です。
 この村は、他にさきがけて、1980年代から、果樹に、とりくんできました。
 村に生まれた、数人の若ものグループが、
 桃源郷を夢みて、果樹づくりを、はじめたのでした。
 いまは、霊丘植物園の中心になっている、李向東も、
 この村の育ちで、グループの一員でした。
 そのころの写真を、みせてもらったことがあります。

 私たちも、小学校果樹園の建設というかたちで、
 この10年間、それをサポートしてきました。
 その面積は、60ha近くになっていますし、
 植えた本数は、5万本にも、なるでしょう。
 鄭海水書記の話では、その半分が結実しはじめ、
 果樹だけによる年収が、1人あたり、500元になるとのことでした。
 村の人たちは、そのことを、とてもよろこんでいます。
 ツアーが、あと2週間あとにこの村にきたら、
 花盛りのようすを、みることができたでしょうに。

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 自然と親しむ会-馬が瀬で自然と緑のフェスティバル
 4月30日(日)10時JR湖西線「北小松」駅前集合
 参加費 一般1000円、中高生300円、小学生無料
 申込みは4月24日までにGEN事務所に。
 ふれあいの森で間伐作業、野外活動、交流など。

★税制上の優遇措置をうける認定NPO法人です★
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