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情報提供者 : 緑の地球ネットワーク
提供日付 : 2006/05/01 22:13
登録経由地 : prweb情報受付 02 #00999
注意:自然環境フォーラム及びネイチャー&バードフォーラム経由で掲載した
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中国山西省大同市の黄土高原の農村での緑化協力活動のなかでの体験を
書きつづっています。不定期の発行です。
バックナンバーを緑の地球ネットワークのWebページにおいています。
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黄土高原だより(NO.359)
(2006.05.01)
高見 邦雄(緑の地球ネットワーク事務局長)
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侯喜さん
大同市林業局を、定年退職した、侯喜さんを、
カウンターパートの、緑色地球網絡大同事務所に、迎えたのは、
1997年のことです。
私たち日本の、緑の地球ネットワークが、
発足後の数年間、しろうとだけの集まりであったのと同様に、
大同事務所も、緑化にかんしては、しろうとの集まりでした。
そのことによる、さまざまな問題を解決するために、
技術顧問として、彼を迎えたのです。
40年間、大同の現場で、働いた人でしたから、
強烈な、プライドが、あったと思います。
最初のころ、その押し出しの強さ、声の大きさに、
私は多少、へきえきしていました。
私が、引けばひくほど、彼は押してきます。
そういう関係を、劇的に改善したのが、遠田宏顧問でした。
遠田さんは、老侯の経験を、きちんと理解し、評価されたのです。
そのおかげで、双方が、かみあうようになりました。
忘れられないのは、大同県で、その年輪を解析するために、
小老樹を、切り倒したときのことです。
小老樹というのは、1950年代、60年代に、
桑干河流域を中心に、大同の大面積に植えられたポプラが、
水不足、その他の原因で、伸び悩んだもので、
文字通り、小さな、老いぼれの、樹です。
中国では、木を切るのは、1本でも、おおごとで、
何段階もの、政府の、許可をえる必要があります。
案の定、私たちは、村人によって、見とがめられました。
すると、老侯は、
「おまえは、なんて名前だ?
じゃあ、おやじは、○○○で、
おふくろは、△△村から、嫁にきただろ」
それだけで、その男は、引き下がりました。
九梁窪林場で、胡楊の苗を、掘っているときも、
林場の若い男に、制止されました。
「おれは侯喜だ。
家に帰って、おやじにきいてみろ」と
老侯はいいました。
おやじにきかなくても、侯喜の名は、その男も知っていて、
それだけで、問題は解決しました。
ほんとに、まじめな人で、いつも全力投球でした。
新たにプロジェクトをつくるときは、かならず自分で、
くりかえし、その現場を調査していましたし、
苗も、かならず自分で、えらんでいました。
「カササギの森」を建設するときは、すでに70歳間近だったのに、
管理棟の、スチール製2段ベッドで、寝起きし、
いつも陣頭指揮でした。
責任者が、先頭にたつプロジェクトだけが、
ここでは、成功します。
その数年前のことです。
霊丘で、自然林をみたあと、私たちは、
そこの主人公の、リョウトウナラ(遼東櫟)を、
植林に、もっと活用すべきだと、考えました。
私がそう話すと、老侯は、
「そんなものは役にたたない」といいいました。
私は、むきになって、反論しました。
カササギの森の、建設がはじまったとき、老侯は、
「霊丘植物園で育てている、リョウトウナラの苗を、
ここに植えてもいいか?」と、私にききました。
私が、「まだ小さすぎる。
来年にしたらどうだ」と答えると、
「リョウトウナラを植えるなんて、大同では、
だれもしたことがない。
やってみたいのだ」と、老侯はいいました。
以前のことを、ちゃんと、おぼえていたのです。
老侯は、そのように、新しいことを取り入れるのにも、
柔軟でした。
そして、日本の専門家がもちこんだ新技術を、
大同の林業関係者に、熱心に普及してくれました。
彼がいたからこそ、私たちの事業は、
大同に、根付くことができたのです。
その老侯が、一昨年の暮、病気で倒れてしまいました。
ガンです。
風邪ひとつひかない、頑強な人でしたから、
発見が、遅れてしまいました。
あんなに、世話になったのに、
私は、たった2度しか、彼を見舞うことがなく、
あとは、大同にくるたびに、人を介して、
見舞いを届けていました。
言い訳をすると、忙しかったのは、事実です。
そして、私は、自身が病気のとき、すごく落ち込んで、
だれとも、顔をあわせたくありません。
自分のその気持ちに、ひきづられて、
病気の人を、見舞うことに、おじけづきます。
4月に、大同に引き返すとき、
かならず見舞うよう、つれあいに言い含められ、
東川さんからも、見舞いの品を、託されました。
みんなで、突き飛ばして、くれたわけです。
4月20日、自宅に、老侯を見舞いました。
夫人のほかに、3人の娘さんがそろっていて、
とても、歓迎してくれました。
老侯は、右手は利かなくなっており、
左手で、じっと私の手を、握りしめました。
私は、この春、みてきた現場のようすを、伝えました。
しばらくして、老侯は、
「あなたが去年、つれてきた女の子は、どうしているのか?」
とききました。
そのとき、会田さんがいっしょだったことを、
私は、忘れていました。
今回も同行した、会田さんが、自分がそうだと伝えると、
老侯は、ほんとに、うれしそうにしました。
私たちのことを、ずっと、気にかけてくれていたのです。
別れぎわ、老侯は無理をして、立ち上がり、
私たちを、送り出しました。
大同を離れる前日、経費の清算などを、すべて終えたあと、
武春珍所長が、いいました。
「老侯が亡くなりました。
一昨日(26日)のことです」
そんなことを、どうして、いまになって!
彼女も、いいだしにくかったのでしょう。
遺体も、家族も、大同県の実家に、帰っているそうです。
あわてて、そこにむかいました。
数人のお坊さんが、お経をとなえていました。
家族、親族が、白い着物をきて、
ひざまづいています。
私たちも、ひざまづいて、老侯に、お別れをしました。
「あのとき、あなたたちが、見舞いにきてくださって、
老侯は、ほんとに、うれしかったんです」と、
夫人と娘さんが、何度も何度も、私にくりかえしました。
そう言われると、私はさらに、つらくなります。
ひとことも、話すことができず、涙をぬぐうだけでした。
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