prweb_logo スポンサー1スポンサー2
スポンサー募集について
この団体の提供情報一覧 この情報の提供団体について prwebについて
GEN>黄土373>杉本信行さんを悼む
情報提供者 : 緑の地球ネットワーク 提供日付  : 2006/08/07 23:22 登録経由地 : prweb情報受付 02 #01245 注意:自然環境フォーラム及びネイチャー&バードフォーラム経由で掲載した    情報には、一部に当該団体の公式なリリースではなく、ネットワーク向    けにのみ提供された情報が含まれています。    また、掲載形式は、原則として上記フォーラムに掲載されたテキストそ    のもので、前後にフォーラム会員宛の説明や挨拶が付け加えられている    場合があります。

  中国山西省大同市の黄土高原の農村での緑化協力活動のなかでの体験を
 書きつづっています。不定期の発行です。
 バックナンバーを緑の地球ネットワークのWebページにおいています。

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

   黄土高原だより(NO.373)
     (2006.08.07)
            高見 邦雄(緑の地球ネットワーク事務局長)

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

 杉本信行さんを悼む

 帰国前日の8月4日、北京の日本大使館で、
 「昨日、杉本信行さんが亡くなりました」と、告げられました。
 まさか、という思いと、やはり、という気持ちが、
 私のなかで、交差しました。

 杉本さんには、彼が北京の大使館の公使だったころ、
 いろいろと、お世話になりました。
 そのころのことを、毎日新聞(2000年11月12日)の
 1面下のコラム「余祿」が、取りあげています。
 張芸謀(チャンイーモウ)の映画
 「初恋のきた道」を導入につかったあと、
 
 「▲日本のNGO「緑の地球ネットワーク」が、土壌が流失し、
 草も木も生えない黄土高原の緑化運動に取り組んでいる。
 メンバーが、山西省の許堡郷という貧しい山村で
 3年前に地震で倒壊したままの小学校を見つけ、
 日本大使館に支援を要請した。
 ▲北京から片道7時間の夜汽車に揺られ、車に乗り換え、
 公使が現地を見に行った。
 校舎はビニールテント。
 電灯もない。
 寒いので先生も生徒も立ったまま
 足踏みで暖を取りながら授業をしていた。
 3月、日本の「草の根無償資金協力」で
 レンガ造りの新校舎建設が始まった。
 もうじき完成する。
 この冬はもうこごえないだろう。
 ▲「草の根無償資金協力」を使った学校は、
 中国だけでも100校を超えたという。
 日本の援助が感謝されないなら
 援助など減らしてしまえという意見が
 自民党から出てきた。
 少し早計ではないか。
 思いがけない援助に純朴な村人たちは
 心から日本に感謝しているそうだ。
 そう聞くとやはりうれしい。」
  (引用ここまで)

 ことわるまでもなく、文中の「公使」は、
 杉本さんのことです。
 あのとき、杉本さんは、ほんとに忙しかったのです。
 北京発11時過ぎの、夜汽車に乗り、
 翌朝7時まえに、大同駅に着き、
 まる1日かけて、ぼくらのプロジェクトを、いくつも回ってくれ、
 文中にある、小学校2つの再建支援の、署名式に出席し、
 そして、その晩11時過ぎの、夜行列車で、
 北京に、帰っていきました。

 どんな制度も、仕組みも、人間が動かすものです。
 地元の農村の人たちは、学校が再建されることも、
 うれしかったでしょうけど、
 日本大使館の公使が、このようにして、
 わざわざ、僻地の村にきたことに、
 ほんとに驚き、感謝したのだと思います。
 そのとき、杉本さんは、昼食を、地元の農家でとりました。
 
 その少しまえのことです。
 杉本さんを、大使館に訪ねたあと、
 私は、中国人の、ある幹部に、会う予定がありました。
 いまはもう、次官クラスの人ですが、
 彼が学生のころから、私は、つきあいがあります。
 ポロッと、私がもらすと、
 杉本さんは、「いっしょに行って、かまいませんか?」といって、
 すぐにコートの袖に、手を通しました。
 「杉本公使が、高見についてくるなんてね!」といって
 そのときの相手は、おおいに驚いていましたが、
 それにかまわず、杉本さんは、率直に、自分の意見を述べ、
 かなりしつこく、相手の考えを、きいていました。

 そんなことを、繰り返すうちに、杉本さんと私は、親しくなりました。
 大同に、通うようになってから、
 中国の、水問題の深刻さを、私は知るようになり、
 それを、いつでも、どこでも、強調するようになりました。
 杉本さんは、しつこい私の話を、いやがりもせず、
 まじめに、きいてくれました。

 私が驚いたのは、杉本さんが、ほんとに短期間に、
 中国の水問題についての、レポートをまとめたことです。
 私なんかの、ただ体験的、直感的なものとちがって、
 きちんとデータをまとめた、説得力のあるものでした。
 ずっと以前から、構想をあたためていたのでしょう。
 中国の水利部門も、それには驚いたようです。

 中華全国青年連合会が、中心になって、
 2004年4月に、北京で、「日中水フォーラム」を開催したとき、
 その準備の過程で、私たちはこのレポートを、
 大いに、利用させてもらいました。
 上海総領事になっていた、杉本さんに、
 フォーラムへの、出席を頼んだところ、
 二つ返事で引き受け、北京にきて、話をしてくれました。

 「黄土高原だよりの、愛読者ですよ」と、いってくれただけでなく、
 多数の読者を、紹介してくれました。
 私の『ぼくらの村にアンズが実った』が出版されたとき、
 「この本は、日本人によりは、中国人、
 とくに上海あたりの中国人に、読んでもらいたい本です」といって、
 中国版の出版を、つよくすすめてくれました。
 彼の励ましがなかったら、実現までこぎつけられたかどうか、
 わかりません。

 杉本さんが、患って帰国したあと、会ったのは、2度ほどでしたが、
 電話では、何度も、話をしました。
 本を書いていること、とりあえずの課題が靖国問題であること、
 そのときどきの、彼の関心も、話してくれました。
 私たちの、会計事情まで、心配してくれるのが、常でした。

 杉本さんの本『大地の咆哮』(PHP研究所)の出版が、決まったことを知り、
 インターネットで、予約をいれてから、
 彼のところに、電話をしました。
 電話の声は、元気そうだったのです。
 まもなく出ますという声は、はずんでさえ、きこえました。
 「贈呈者のなかに、いれましたから、
 まもなく本が届くはずです」と、彼はいいました。
 共通の友人の、李建華さんが、
 そのころ、大阪にくることになっていましたから、
 じゃあ、一冊を彼に渡します、と私は答えました。

 杉本さんは、外交官として、幅広い問題にとりくんでいました。
 私は、零細NGOの一員として、中国の局部の問題と、
 格闘しつづけてきました。
 ですから、立場も、考え方も、ちがいました。
 でも、あなたを、私は尊敬していました。
 あなたも、とりとめのない私の話を、ききつづけてくれました。
 あなたの本についても、じっくりと話をしたかったのです。
 
 杉本さん、それにしても、あなたは早すぎるよ!
 こんなに早いとは、考えたくもなかった。
 あなたは、中国と格闘するには、まじめすぎたんです。
 しごとで命を削ったうえに、
 一冊の本のために、さらに命を削ってしまって。
 でも、あなたは、文字通り、そこに命をかけたのでしょう。
 あなたの本を、一人でも多くの中国の人に、読んでほしいと願うけど、
 あなたの思いが、通じるのでしょうか。
 あなたは、かけがえのない私たちの会員の一人でもありました。
 ほんとに、残念です。
-- 
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
 黄土高原に緑を!「カササギの森」協力者募集中!
 1口5万円(1ha分に相当)から受け付け
 現地の記念プレートにあなたの名前を刻みます
 ※お申し込みは下記まで
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
 認定特定非営利活動法人 緑の地球ネットワーク(GEN)
 552-0012 大阪市港区市岡1-4-24 住宅情報ビル5F
 TEL.06-6576-6181 FAX.06-6576-6182
 E-mail  gentree@s4.dion.ne.jp
 URL  http://homepage3.nifty.com/gentree/
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞



  

[article_prweb]gen.htm